2007年7月2日月曜日

14th day Berlin to Amsterdam

6月21日(Thursday)
 ドイツで一気に運を使い果たしたのか、ベルリンを離れるときからすでに天気は雨模様でした。朝8時45分にインターシティでベルリンを出発し、アムステルダムまでは約6時間かけて、2時30分に着きました。そして外は雨。まず最初にホステルに行こうということで、インフォメーションに行きましたが、トラム(路線バス)の乗り方が今までで一番複雑だったので苦戦しました。今日のホステルは20€と結構高めです。あまり時間が無い中でどこに向かったかというと、アンネ・フランクの家です。ホステルから歩いて30分かからないぐらいのところにあり、運河に沿って歩いていきます。そもそも、アムステルダムという名前は、アムステル川をダムでせき止めたことに由来します。そのため、街はいたるところに小さな運河から大きな運河まであり、これがアムステルダムを印象付けます。アンネ・フランクはあまりにも有名ですが、知らない人のために説明を。彼女はもともとドイツに住んでいたユダヤ人の娘でしたが、ドイツでナチスによるユダヤ人の迫害が始まるなり、このアムステルダムに移住し、父オットーの知人を頼りに家族で隠れ家に生活していました。その中で、極限の生活の中にありながらも日記を書き綴っていました、それが後に世に出版されるなり、彼女は一気に有名になりました。昨日のベルリンでのナチスに引き続き、ここアムステルダムでもナチスに関わることを目にしたということになります。この建物の中は全て撮影が禁止されているため、写真に収めることはできませんでしたが、家の様子は当時のままの様子を残している部分がほとんどだそうです。「隠れ家」とは、入り口の方の表の家ではなく、回転式本棚の裏に入り口を持ち、誰にも気づかれないように生活していたその裏の家を示しています。それほど広いスペースではないものの、一つ一つの文章が興味深く、他の美術館とは違って夜の9時までやっていたため3時間ぐらいたっぷり時間をかけてここを見ていました。アンネの書いた本物の日記ももちろん置いてあり、他のものよりもいっそう厳重に置いてありました。アンネの家を出てからは、天気がいくらか晴れていたので、トラムのチケットを買ったにも関わらず、歩いてアムステルダムの街を見ながら歩いて帰りました。夕飯にはアムステルダム名物のパンケーキを食べようと思ったんですが、その店が閉まっていたので、中国料理のファーストフードショップでサイゴン風のフライドライスを買って帰りました。空には夕焼けが見え、運河の上にきれいに映えました。ホステルでは、ルームメイトと初日の中国人以来に仲良くなりました。一緒になったのは、ブラジル人、オーストラリア人、アメリカ人です。オーストラリアの彼は5日前まで、埼玉の越谷にいたそうで、アメリカの彼はジョン・レノンに似ていました(笑)。二人のネイティブスピーカーを前に自分はかなり理解に苦しみました。ブラジル人の彼とは一番話が弾み、彼はイギリスでの仕事を終え、一ヶ月間のヨーロッパ旅行に来ているそうです。明日はいよいよ最終日です。

0 件のコメント: